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2)肉声を持った出会いの重み

 

関口

ひきこもりの人たちってある種この社会の中で、生きづらさを感じ続けることによって、ひきこもって、やっぱり対社会の戦争みたいな状態になっているわけですよね。ただ、その前線、最前線が家の中にあると。家の中で、親との間が最前線になっちゃってるわけですね。そういう本当に敵対関係みたいな、一つひとつの家庭が最前線になっているような状況があって、そこでは親に「助けて」っていうサインはなかなか出しにくい。

やっぱり多くのひきこもりの人たちっていうのは、親の前では苦しさをあんまり出さない人が多いですよね。隠してね。ふつうに平然としてるっていうのかな。「苦しい」っていうこともなかなか伝えられないような状況がある。援助者っていうのは、親からしか話聞きませんから、さらにどういうことが起きてるのかわかりづらいっていうね。うーん、その辺どうなんでしょうねえ。どういう助けというか、ヘルプ。どこにヘルプができるのか。どこに持っていけるのか。もしなんかありましたら。

上山

今うかがいながらずっと考えていたんですけども、たとえば典型的な例として、家で手がつけられなくなってしまうくらい、ちょっとこう、粗暴な状況にあるケースですね。わめきちらす、物叩き壊す、「どうしたらいいんだ」って叫んでるっていう。すると第三者的にみたら、もう、ほとんど人間として壊れちゃってるように見えるわけですよ。ところが本人は、なんかやっぱりサインを出しているとしか言いようがないんですよね。もうこれ非常にちょっとアタリマエすぎる言い方かもしれませんけども…。やっぱり、具体的に対人経験が少なすぎるんですね。僕はインターネットがそこでありましたけれども…。

なんでそこでインターネットで探すっていうことができたかっていったら、やっぱりそれまでの経験の中で、その「肉声を聞く」という経験を、いくつかはたぶん積んでたんだな、っていうふうに思うんですよ。その感覚を探して、インターネットの海を探していたと。

その経験の度合いが小さければ小さいほど、こじれる度合いがひどくなると思うんですね。つまり、探すことにさえも絶望してしまう。自分の声なんてぜったい誰にも届かない。肉声で言葉交わすっていうことなんてぜったい誰ともできないんだ。その信念が、出会いが少なければ少ないほど、それまでの幼稚園・小学校・中学校・大学・社会生活、そのそれまでの人生経験の中で、少なければ少ないほど、欲望に対しても、積極的になれない。

少しでもそういう経験がどこかにあった人は、その感覚を探して、たとえばインターネットにアクセスしてみるとか、たとえば出会い系のサイトにアクセスしてみるとか、っていうことになるような気がしますし…。たとえば今横に座ってるももさんも、僕がその肉声の話っていうのを経験できた友人の一人ですけれども…。

だから、非常に身もふたもない言い方になるんですけど、ご相談で「いま暴れてるんだがどうしたらいいんだ」って言われたときに、どうしてあげられるかって言ったときにですね。「肉声がお互いに通じた」っていう部分の、その感触を本人に持たせられるかどうか、というところにかかってくると思うんです。そしたらそれは権威があるからとか、学識経験者なのかとかそういう問題じゃなくて、もっと、生身の人間の力量ですよね。

さっき僕はヨコの関係と言いましたけれども、やっぱり年齢の問題も大きいと思います。離れすぎていてはいけないかもしれません。逆に離れているほうがいいかもしれません。同性のほうがいいかもしれません。異性のほうがいいかもしれません。ケースバイケースとしか言いようがないんですけども。肉声の部分でなんか、「あっ通じたよ」というものが…。

関口

それは、親じゃ無理だってことですよね。この構造の中では、親がいくらその子供さんに対して向かっていっても…。

上山

あの、実はさっきいただいた質問の中に、「もし親がもっと若かったら、どう変わってほしかったか」っていう質問があったんですけど。先ほど親子、それから支援者っていう、上下関係のこと申しましたけどね。親世代の中にも僕らとヨコの目線で話ができる方っていうのはいらっしゃるんですよ。別に年齢だけの問題じゃないんですね。

じゃあ、なにかっていったら、親世代でたとえば僕とヨコ目線で話ができる方っていうのは、その方自身もう当事者なんですよ。悩んでいる。(会場から笑い声)はい、ありがとうございます。あの、そうなんですよ。その叫んでいる、家で暴れたりしている息子・娘がいるという場合ですね。わたしは自分の本の一番最初の冒頭で、15年以上に渡って筆談をつづけている当事者の例を挙げました。息子さんの声をお母さんが知らないんですよ。「私息子の声知らないんです」っていうんです。十三歳の声変わりする前から、三十歳近くになる今に至るまでずーっとこういう紙切れの筆談を続けてるんですね。「お腹がすいた」とか、「今日出かける」とか、「寝る」とかね。肉声が届く相手として、そういう対象として、親が見られていないんです。

もし、その親に可能性がありうるとしたら、これはもう生身の人間として正攻法、真剣勝負ですね。「いいかげんにしてくれ」と。こっちはこっちで生身の人間なんだ。なに言ったって親は親で一人の人間なわけで、悩んで苦しんできてらっしゃるわけですから、その一人の人間としての思いつめた気持ちってあると思うんです。それを徹底的に、真正面で正攻法で、バシーッと言ったら、それにいいかげんな態度で対応する息子さん娘さんっていうのは、そうそういないと思うんです。

というか、それができる人間はそういないと思うんです。あのー、暴れているっていうのは、ある意味やっぱり言葉に関してなめられてると思ってるんですよ。つまり、「正攻法では話ができないんだ、こいつらは」っていうね。できない連中なんだっていうふうに思われてるんです、親は。

だから、正攻法で真正面切って、「おい、おまえー!」っていうね。つまり、親サイドももう逃げられないと。「いや、わしらは何十年がんばってきたから」とか、そういうごたくをならべるんじゃなくて、もう一対一ですよ、そうなったら…。【講演者注:それでも話は通じない、というのが現実だと思いますが・・・。】

もしコミュニケーション・チャンスがあるとしたら、そういったところにしかないように思います。親との関係に関してはですね。ですから、私なんかは、自分の努力としては、実際にインターネットで経験したような、肉声の出会いですね。それをもっと紹介できたらいいな、なんて思いますし…。それはある種、なんかこう、友達紹介業とか、恋人紹介業とか、そんなものに近づくのかもしれませんけどね。ちょっと長くなりました。すいません。

関口

まーある意味では、もし支援者、たとえば精神科医とかカウンセラーとか、ケースワーカーとか、そういう人がもしなにかやるとしても、やっぱりそういう肉声をもった存在としてその人に出会わない限り意味ないってことですよね。

上山

まったくおっしゃるとおりで…。あのー、実は私自身は当事者としては、今年の4月にはじめて精神科に睡眠薬もらいに通うようになるまで、一度たりとも行ったことがなかったんですよ。精神科とか精神科医とか、カウンセラーとか、ソーシャルワーカーとか…。もう失礼を覚悟で申しますけども、肉声ではなくて、「肩書き」でこられるという気がしていたんですね。そりゃ、人間対人間の肉声の真正面の正面勝負になっていないわけですよね。「はい次の方どうぞ。ああそうですかそうですか。はい、ちょっとじゃあ、もうその後あるんで、はい、次の方どうぞー」っていう。こんなもんに対応されたらかなわんという。少なくとも、そんなの本質的な出会いになっていないと。だから、援助者というのは別に、上下の関係ではなくて、肉声の部分で付き合えるかどうかってことにかかってくると思うんですけど。肩書きではなくてですね。

関口

はい。うーん、ももさんあたり、どうでしょうそのへん。

もも

あのー、そうですね。今ずーっと流れの中で感じたのは、まず自力で出るか、人の力を借りるかっていうところでいうと、私の場合には、自力で出たとも思うし…。まあ私の場合には、精神科医、自分の主治医である精神科医との出会いがすごく大きかったので、そういう意味では人の力を借りたとも言えると思っています。

今の私の主治医というのは、あのー、8人目の専門家です。で、たぶん今、上山さんがおっしゃったように私にとっては援助者ですね。でもはじめて、肉声で話しのできた人だった。たまたまそれが精神科医だった。そういう意味では私が一番最初に不登校したときから、とにかくすごい自分が苦しかったので…。このままでは、もう、どうにかなってしまう。とにかく誰かに助けてもらわないと…。親は助けにならない。まったく私のこといまだに理解できてないので…。で、とにかく誰かに助けてほしいと思って、自分で一番最初から、神経科とか、当時思春期内科というのが私の住んでいる地方にあったんですけれど、そういうところに行きました。

で、そう今までの7人の先生方っていうのは、まあ中にはもう二度と会いたくないと思う方もやっぱりいました。でも他には、わりと良かったと思える先生もいらしたんですけれども、やはり今の主治医と比べると、確かにそう、肉声ではない…。だから私も、もうとにかくつらいから薬をもらいに行っているというような状況でしたね。でも、まあ、幸運なことに今の主治医とは肉声でたぶん話ができている。で、そのことが、私がまあ、少しずつ、こう回転していくように変化しだすきっかけ…。それが今から8年前くらいにその先生と出会って、それまでの十年間は出会えずにいたわけですね。

そういう意味では、よく私の友人たちの中にも、いわゆる専門家、精神科医、カウンセラー、ソーシャルワーカー、と、そういう専門家の方を非常に、親子ともに拒否している人がいて、それすごくわかるんですね。非常に気持ちわかるんだけれども、私みたいにもしかしたら、その中に力になってくれる人いるかもしれないという、そういう希望もちょっと私は持っていたいという気がしています。

出会いへの欲望っていう意味では、私もたぶんとても強いほうだったんだと思うんですね。人と出会いたかったし、「肉声」って今上山さんがいってくださって、「ああ、そうだ肉声だ」なって思いましたけど、そういうところで会話ができる人をたぶん求めてたんだと思います。その気持ちがとても強かった。でも、私の友人にも、どうしてもやっぱり、それがなかなか持てないというか…。人を拒絶したまんま、もう17年ひきこもっているという人がいます。で、そういう彼女、友達に、どういう風に、なにをこういったら、言えばいいのかっていうのか、つながっていったらいいのかっていうのは、正直私にもわからなくて…。「人とは出会ったほうがいいよ」っていうのは簡単だけれども、本人がやっぱりそう思えない、でもそこをどうしていったらいいのかなっていうのは、私もまだ今考えているし、これからも考えていかなければいけないと思ってます。

関口

なるほど…。長谷川さんいかがでしょう。

長谷川

うーん、あの、まあ、援助職として、ひょっとしたら当事者性を持っているのかもしれませんね、私はね。で、上山さんがおっしゃった本質的な出会いというのは、とても厳しい注文だなーって思いますね。で、もう一つ率直に思ったのは、んー、私自身の家族をみても、私の現在の家族をみても、まず家族の中で本質的な出会いっていうのはできないだろう…。学校だとか、社会に出れば本質的な出会いがなかなかできにくいっていうのは、イメージを持ちやすいんだけども、家族の中で本質的な出会いができていないということは気づきにくいのかもしれない。

これはケース・バイ・ケースなんだと思うんですけども、もし、ご本人が、お父さんなりお母さんなり、そことのチャンネルを持って、そこでもう一度出会いたいって思っている…。つまり、戦争状態をお互いが白旗をあげて、非武装地帯をつくって、そこでもう一度完璧にはつくれないかもしれないけれども、もう一度本質的な出会いを、こう、お互いに、試してみると、いうことが、選択肢というのかな、可能性としてはありうることじゃないのかなっていうことだと思うんですよね。

で、そこに対してたとえばソーシャルワーカーとして、私は少しご家族に対してお力になれる可能性があるのかもしれないな、なんて、ちょっと不遜かな。あのー、思ったりもしてるんですけどもね。そのへん、ご本人との本質的な出会いを持ちにくいですよね。私たちが、ばったり出会う、インターネット上でもめぐり合えるっていう、そういう機会そのものが、こう得にくい。で、その機会をどうしたらいいんだろうかっていうのが、率直に私自身援助職としての課題でもあるんですけどもね。

関口

そうですね。まあ援助職っていうのかな、これからヒッキーネットでもその家族相談を中心にまずやっていこうってことなんですけども、やはりなかなかご本人ていうのかな、ひきこもっている当事者の方はなかなか来てくれませんし、やっぱり家族の相談からしかはじめようがないんですね。で、そのときにやはりなにができるのかな、っていうことをやっぱり考えていかなきゃいけないんだけれども…。

先ほどね、上山さんはもうちょっと親が年だからもうそんな酷なこと、親が変われってことはできないっておっしゃって、たぶんそれはお子さんとして、やっぱりそういうお気持ちが強いのかなと思うし、そこがある意味では、親子の本当に難しいところなのかなと思うんですけども、逆に第三者っていうかな、まあ援助者、支援者みたいな第三者が、やっぱり親御さんと、ある意味ではこれも出会いですよね。親御さんと出会ってく中で、なにかそこでの人間的なそれこそ出会いみたいなことができたときに、親御さんも変わってくっていい方、そう簡単には言ってはいけないと思うんですけども、やっぱりなにかそこで起きるんじゃないかなと思うんですね。

もしかしたらそこで、それこそ人間的な声ね。生身の声みたいなものが復活してくるのかもしれないし、そうすることによってまた、いやでもなにか構造が変わっていくのかなっていうね。その辺、家族支援でなにかできるとしたら、そういうことなのかな、っていいますかね。 なにかマニュアルを作ってそれどおり動いていくださいみたいなね、たぶんそれじゃどうしようも、なんにもならないでしょうしね。うーん、やっぱやっちゃいけないこととか、原則はありますけどね。

他になにかありますか。ちょっとお時間が迫ってて、このまま続けててもいいんだけど、ちょっと転と結の「結」のほうにいっちゃって、いいですか。ではちょっと途中かもしれませんけども、「結」っていうことで、少し考えていきたいなと思いますけども。

 

3)ひきこもりに「結」はあるのか

関口

やはり、今日来られた親の方にとっては、この「結」ですね。そこがどうなっていくのかっていうことについてもっとも不安を感じてるんだと思います。「いったいこの子はいつになったら仕事にいけるようになるんだろうか」「世間の人たちと同じように、結婚して家庭を築けるんだろうか」みたいな、そういう不安をどうしてもお持ちだと思います。

で、ここでちょっと「結」について少し話していきたいんですが、まずお聞きしたいのは、その仕事につくこと、あるいは金を稼ぐことが「結」なのかどうか。あるいは皆さんの「結」についてのイメージはどんなものなのかっていうのをちょっとお伺いしていきたいと思うんですが。

上山

あのー。よろしいですか。先ほどの私一人の話の中では、私は基本的に「結」というのは訪れないというような、そういう言い方だったと思うんですよ。つまり、起承転で、「転」が続いていくというか。それで死ぬんだという。

ですから、今私が皆さんの前でお話させていただいて、社会生活をしていることになっているわけですから、ひきこもり「元当事者」と言われますけども…。先ほどももさんも言われましたけど、僕も別に「元」当事者というのではなくてですね。メンタリティもなんにも変わっていないですから…。やっぱりおんなじようにつらいんですよ。ただ、「取り組み」は始まってるんですよ。だから以前となにが違うかといったら、取り組みが始まっている、ということであって、「解決」はしてないんです。

で、「解決」は訪れないと…。だからぼくは「解決ではなく取り組みを」っていう風に言わしていただくんですけども…。それぞれなりの、本人なりの仕方で、なんかこう取り組みがはじまるという、そのはじまった取り組みが次々にいろんな段階を迎えて、次の段階に移行していって、というそれだけであって、「あーよかった万歳、花が咲いて大成功。これでおしまい。解決」という、そういう問題ではないという気がしてるんですね。

たとえば私のような立場の援助者に対して、親の方が期待する。「解決」を期待するわけですよ。「上山さんおすがりします」って。すがられても、そんな、どうしようもないんですね。つまり、私に起承転結の「結」を担ってくれというわけですよ。たぶん、多くの親御さんがその起承転結の「結」を早く持ってきてくれというんでしょうけども、その発想自体がそもそも間違っているという・・・。その発想自体が当事者を苦しめてるんじゃないか、と。

だから、自分なりに手探りでいいから「取り組み」がはじまればいいんだと。そしたら、その取り組みはじめた手探りの取り組みが、なんかいつの間にかつながっていって、こうなっていって、気がついたらえらい遠くまで来ていたなあと。まあ、これやっていくしかないのかなあ、とかですね。そんなふうにしか言いようがなくて…。だから、たとえば三年ぐらい前の私からしたら、今ここでマイクもって喋ってるっていうのは、これはなにか、夢でも見ているのかというぐらい、ちょっとほんとに自分でも呆然としますけど…。家に閉じこもっていた状況からしたら、本当に信じられないですけれど、これは「解決」したんじゃないんですよ。苦しみは続いてるんです。だから、「結」はある意味では訪れないと…。つまり私なりの「取り組み」が続いていくだけであると…。

関口

なんでしょうね。それはお金を稼ぐ、仕事するっていうのとは、まあ、まず、家族が望むのはそこになっちゃうんだけれども、今の上山さんのいう「取り組み」っていうのは、当面、経済活動をするっていうこととは、ちょっと、違うわけですよね。

上山

実をいうと、いま関口さんがおっしゃったあたりが、今私が支援活動なり、あるいは当事者としてなり、一番苦しんでいるあたりでして。「取り組み」っていうことであるならば、とりあえずボランティアで、ゴミ拾いにいくとかですね。ボランティアで、おじいちゃんおばあちゃんをお風呂に入れてあげる世話をするとか、デイケアいくとか。それでも十分「取り組み」じゃないですか。で、それでもいいんだけども、さきほどの私の講演で申しました最大のハードルの「経済的自立」。これは単に「取り組み」と言ってるだけでは、成功しないんですよ。だから、強いて私の立場で「結」を言うならば、ご両親たちもそうでしょうけど、やっぱり、経済的自立っていう話になるわけですよね。

じゃあ、私の「結」は訪れないという立場、つまり、苦しみは延々と続いていくんだという立場でですね。それにもかかわらずやはり経済的には自立しなきゃいけない、このジレンマ。ここに一番決定的ジレンマがやっぱりあります。これはさっきももさんも言ってくれましたけれども、自分を守ろうとすれば、お金が稼げない、お金を稼ごうとすると、自分が守れない。このジレンマですね。結局ここに行き着きますね。

だから、起承転結でその「結」の部分になにか答えがあるとしたら、今申し上げました「自分と稼ぎとの両立ができない」という、このジレンマをどうクリアしていくのか。あるいはそこにどう取り組んでいくのか、どんなアイディアがあるのか。私はあの、もちろんアイディアとしては、さきほど地域通貨っていうのを一つの試みとして申しましたけれども、それもやっぱりアイディアの一つですしね。で、これからもっといろんな方に、アイデアを挙げていただきたいんです。私としてはそんな言い方になりますけども。

関口

ももさん、長谷川さん、どうでしょう、なにか。

もも

「結」についてなんですけど、身もふたもないんですけども、「結」はたぶん死ぬときにしか訪れないとは思ってるんですね。ただ、そう言っちゃうと身もふたもないので、本当の「結」は死ぬときだとしても、もし私がその「ひきこもり」という言葉に関わらなくてすむようになる時がもしあるとしたら、やっぱり、なにか私はこれをするために生まれてきたんだな、って思えるようななにかそういうもの、それがたとえばお金になってもならなくても、なれば一番いいですけども…。

これは私の場合ですから、他の人のことは全然わからないんですけども、たぶんなにか心の中にずっともやもや持っているものとか、そういうものをなんらかの形で表現をしたい、という気持ちがあるんだと思うんですね。で、そういうものができる、形にできる、ようになってそれがお金になれば一番いいですけど、まあ、なかなかそれは難しいでしょう。だけれども、それをやりながら、一方でぎりぎり食べていけるだけのアルバイトをしながら、でもそれをやっていることで、すごく生きていることがこう、なんていうんでしょう、まあ少し喜びというか、楽しく思えるようなことができて、少し自分の中で風通しよく生きていけるようになったときがもし来たとしたら、それは本当の意味での「結」ではないけれども、ひとつの卒業というか、そういうことができたらな、という。これはもう本当に個人的なイメージですけれども、そういうのは持ってます。

関口

はい。そこでもだから、まずお金を稼ぐとかが目標ではないわけですよね。

もも

それがお金を稼ぐってことが「結」では、やっぱりちょっとない。

関口

ありがとうございます。長谷川さんはいかがでしょう。

長谷川

そうですね。私はまあ、自分がということじゃないわけですけども。うーん、やはり、ご本人たちとの相談やグループの経験を通しながら、その僕自身が揺らいでるわけですけども、この社会の中で自立するっていうのはいったいどういうことなのかっていうことを非常に鋭く問われていますよね。

えー。ぼくが仕事をしていて、お給料もらって、家族養っているから自立しているのかっていったら、それはクエスチョンマークがつくんだと思うんですよ。経済的には自立しているかもしれないけれども、どうなのか。本質的な出会いを持った家族関係が今の自分にあるのかっていったら、それは違うのかもしれない。そうなると、非常にこう、自立とはなにかってとっても大きな問題で、実はひきこもりの方に限らず、やっぱりこう少数派といわれている人たちが、いちおう共通してもっているテーマなんだと思います。

で、それに対して、社会がやさしくなさすぎると思うんですよね。私は。うん。オールオアナッシングで、いきなりオールを求めてこられちゃ、自分の身の危険を感じてしまう。マルかバツか、三角か、選択肢はあまりにもなさすぎるっていうかな。でそういうふうにいうと、そこは社会の今後の課題としてあげられるんだと思うんですね。

でも、ぼくはもうひとつ、違う観点からの「結」っていうのはあるんじゃないのかなって思うんですが、それはまあご本人たちに教えていただいたことですけれど、「しなければならない」っていう目標達成じゃなくて、「なになにしたい」っていう目標達成一つひとつが「結」なんじゃないか。そういうふうにいうと、さっき上山さんがおっしゃった、取り組み中で、 ING で進行してるんだ、でその中の一つが、こうしたいってものが一つできれば、それは、小さな「結」として、やっぱり正当に評価をしていいことなんじゃないのかなっていうふうにぼくは考えています。

だから二つ、社会側のそういうシステム上の問題と、あとご本人の側からの、なんだろう、自己評価を高めるとか、自信をもつとか、そういうことと、二つかけて「結」を考えてみたいなあなんて思ってますけども。

関口

私自身、ひきこもりの「結」っていうのは、やっぱり仕事につくとか、働くってことではないと思うんですね。というのは、もしそれを目標にしてしまえば、結局、ひきこもりになっている人たちをもう一回私たちの社会っていうかな、多数派の社会にもう一回回収しちゃうこと、が目標になっちゃうと思うんですね。

はたしてもう一回、私たちの社会に回収することが最終的な目標なのかどうか。下手すると、援助者、支援者っていうのは、そういうことを目標にしちゃうんだけども…。あの、変な言い方かもしれませんけど、私は今の日本に数十万、あるいは百万ともいわれる数のひきこもりの人たちが生まれてきたっていうのは、そういう人たちはなにかやはり役割を持って登場してくれてるんじゃないかと思うんですね。

今まで話した中でも出てくるように、私たちの社会に対するいろんなメッセージを持ってくれてきている人たちという見方ができると思うんです。「籠もる」っていうのはね、宗教者たちが悟りを得るためとか、なにか願いをかなえるためにお堂に籠もるとか、ようするに籠もるっていうのはある種宗教的な行為だったんですけども、われわれ現代人は、非常に宗教的なそういう世界から遠ざけられちゃってるんだけれども、なにかこう私はひきこもりの人たちっていうのは、そういうこの社会の、なにか全体のことをいろいろ考えてくれる人たちっていうのかな、「考える人たち」として登場してきてるのかな、と感じます。

だから昔だったら、いろんな宗教者とかね宗教家とかそういう人たちになっていたような人たち、ああいう人たちっていうのは、かなりいろいろ悩んで苦しんで、やっぱり宗教的な世界にすすんでいくわけですけども…。もしかしたらひきこもりの人たちっていうのは、そういう社会的な役割があるのかなと…。

だとしたら、昔の江戸時代までの日本っていうのは、たぶん、人口の一割くらいはそういう宗教家、神社とかお寺にしても、お坊さんとか神官とかそういう人たちがいて、そういう人たちというのは社会が養っていたわけですね。お布施とかという形でね。今はそういう人たちも、一人一人が自立しなきゃいけない、自分で金を稼がなくちゃいけない、っていう競争、明治以降ね、競争の社会になっちゃったわけですけども、ひょっとすると、もしかしたら、そういう「考える人たち」として生まれてきている人たちを、もう一回単に仕事に戻しちゃうのはもったいないんじゃないか、みたいなね。

私はそういう人たちを、むしろ社会がちゃんと税金払ってでも養っていってもいいんじゃないか、みたいな、ちょっとこれはかなり突飛な考えになっちゃいますけどね。そういうふうにもちょっと思ったりするんですが、まあ、ちょっと過激かもしれません。

長谷川

うーんどうかな、そこはやはり、援助者のバイアスがかかっちゃう危険性もあるのかなと思うんですが、ぼくは関口さんがおっしゃったことよくわかるんですけども、考え方ちょっと似ているのかなと思うんだけれども、でも、ご本人が働きたいって、もし言って、そういう矛盾だらけで問題だらけの社会でも、もう一度そこにもし戻りたいって、ほんとうに無理じゃなくて、そういう希望があれば、そのことを時間をお互いに保証しながら、ディスカッションを通して、なにからはじめていくのかっていうことを、こう一緒にやっていくっていうことも大事なのかな、っていうふうに思いますけどね。

関口

これは上山さんが本の中でも書かれているんですが、上山さんはひきこもりの人たちっていうのは、一人ひとり見ていくと、いろんな才能をもっている優秀なエンジンであるとおっしゃてて、ただしそのエンジンが動力につながる、タイヤにつながる、クラッチみたいなものがみつからなくて、単にそのエンジンだけが空回りしていると。そのエンジンが納屋のすみで埃かぶっちゃってると。で、そういう優秀なエンジンをいかに、社会的なクラッチを見つけて動力に伝えていくかっていう…。

社会にその彼らのもっているパワー、パワーなりエネルギーを、どう生かしていくかっていうクラッチづくり、それは社会的なシステムとして作っていく必要があるということを上山さんはおっしゃって提唱されてるんだけれども…。

たぶんもしかしてわれわれヒッキーネットや支援者、親にできることは、そういう社会的なクラッチをいくつか用意しておく。まあ、どういうことができるのかっていうのはまだ具体的にはわかりませんけども…。少なくとも、やはりある程度のお金とか、人的なパワーとかエネルギー、そういうのはありますから、それをね、なんらかのクラッチづくりとしてやっていく、それがこれからの支援者の役割なのかなと思うんですが、どうでしょう。

上山

えーと、その、クラッチっていうのは、これは車に乗らない方にはちょっと理解できないかもしれないんですけど・・・。エンジンがあって、タイヤがあって、そのエンジンのエネルギーをタイヤをくるくる回すためにつなぐ、エンジンのエネルギーをタイヤに送り届けるその途中に、クラッチ板というのがあるんですね。

それで、そのクラッチが合っていないとその動力がうまく伝わらないわけです。僕は本の中で、先ほど関口さんからご紹介いただきましたけれども、ひきこもり当事者っていうのは、要するにクラッチがつながらないまんま、全力でもうアクセル踏み込んでしまって焼き切れそうになっているエンジンみたいな状態だっていうふうに書いていて。ところが親とか周囲が、「さあ、これ就職してやってみなさい」って言ってくれる、その与えてくれたクラッチをくっつけても、そういう規格品のクラッチをつけても、ぜんぜんその、体に合わないんで、すぐ体のほうがいかれちゃうと、エンジンがいかれちゃうと…。

だから、先ほどご紹介いただいたお話も、少し広げていうならば、個人が――「社会」という言葉が抽象的ならば、「他の人間」と言ってもいいですけれども――個人が他の人間に関わっていくときの関わり方、それが、もうちょっといろいろ多様なタイプがあってもいいんじゃないのかということですね。なんかその、中学・高校・大学出て、就職して、なんかこうリクルートスーツ着て、それで朝通勤電車乗ってとか、そんな貧しいイメージしかなくてですね。

今日会場に来られた方の中でもいろんな生活をされていると思うんですけれども、この世の中っていろんな変な生活がありますよね。面白い生活ですね。その面白い生活を歴史探訪のように一つひとつ見ていくみたいなね。

個人が他の人間とどうつながっていくのかというテーマと考えると、「ひきこもり」とは未来永劫続くテーマなんですよ。それを強調したい。個人が他の人間とつながっていくあり方は、もっと多様に模索されてもいいんじゃないか。そういう考え方をしていきたい。

 

4)分裂病と診断されたケースについて

関口

最後に会場からの質疑応答にいくつか答えていただきたいんですが…。上山さんからご関心あるのを選んでいただいて…。

上山

先ほどからもいくつか参考にさせていただいていたんですが…。「Aさんとはその後どうなりましたか」(笑)

あえて会うことはないんですけども。男女の関係は彼女から拒絶されたんですけど、人間としては一生つき合っていきたい、と。男性と女性の間には、こんな友情関係が存在すると教えてくれた人なんです。

あと気になるもので、「精神科で分裂症と診断されて、本人は薬害を恐れながら薬を飲んでいるが、でも薬でよくなるとは思えない」と。

じつは私も相談を受けていて、一番多いのがこれなんですね。精神科医から分裂病(現在は統合失調症)と診断されて、「上山さん。うちの息子、娘の状態はどうなんですか」と質問を受けるんですが、まずこれは本の方に書いたんでそちらを読んでみて欲しいんですが…。

話を聞いてみますと、精神科医がご本人を診察していない状態で、家族が描写する本人像から「お母さんそれは分裂病です。薬を投与しなけりゃいけないから、早く病院に連れてきてください」。そういうケースがあるわけですね。

それは関口さんはご存知だと思いますが、日本の法律では本人を診察しないで薬を与えるといかんと思うんですね。

関口

医師法違反になりますね。

上山

ひきこもり当事者に対して、精神科医が善意で薬を投与して処罰されたケースがあると思うんですけど…。

関口

新潟の少女監禁事件のときですか…。

上山

あっ、それもそうなんですか…。とにかく分裂病であるという相談は、じつにびっくりするくらい多いんですよ。

不安であればいわゆるセカンドオピニオン、あるいはサードオピニオン、これは身体疾患でいわれることですが、最初に訪れた医者とつながりのない医者に意見を仰ぐやり方で、精神科医を信頼しないわけではないんですが、まったく人間関係がつながっていない別の医者のところへ行って診断を仰ぐしかないと思うんですね。例えば体の病気でも、複数の医者の診断を仰いでみるというのは必要だと思います。

私の本では薬を飲むことで治るとは思えないと書いているんですが、これは斉藤環さんも「ひきこもりというのは状態像で病名ではない」と。不安神経症とか不潔恐怖とか、いろいろありますが、一番核心的に考えなければいけないのは状態としての「ひきこもり」であって、対人恐怖とか、分裂病的な被害妄想というのは二次症状である、と。斉藤さんも、ひきこもりという状態像の改善のためには「薬は驚くほど効かない」とおっしゃってます。

じつは私、精神科に通って薬をもらっているんですが、睡眠薬と安定剤。これはひきこもりの治療のためにもらっているわけではないんですよ。これは社会生活のためにいただいているんですけれども…。ひきこもり状態からの改善のためには、やっぱり女性の存在と男性の友人の存在が必要なんですよ。薬を飲むこと自体は対症療法というものでしかない。

分裂病という診断に不安があるとすれば、複数の、人脈的につながっていない別の医者に、初めて精神科に来たような顔をして診断を受けるということをなさる以外にないのではないでしょうか。

 

5)問いを共有すること

関口

もう一つくらいご質問に答えていただいて…。

上山

「精神保健福祉士(注:精神科ケースワーカー)をめざしている学生ですが、福祉という観点から、ひきこもりの人に対して何かできることはないですか」というご質問です。

私は福祉関連の雑誌に短い文章を載せていただいたことがあるんですが、福祉というと公的な資金を導入することができるかどうか、というテーマになってしまって…。「ひきこもりというのは甘えか、炭坑のカナリアか」というタイトルで小文を書いたんですが、「甘えているんだろう。甘えさせている親がいるんだろう」という見方をする人というのはやっぱりいるわけで、公的な資金の導入というのは、そういう意味ではどれほど困難でハードな道のりか想像にかたくないわけです。

斎藤環さんが、成人したひきこもり当事者を家族が扶養することについて、これを社会的にどういう風に制度化すべきかとお考えのようですけれども…。私自身は、今そこで議論してもはじまらないというか、福祉の話をひきこもりの話に持ってくるのは難しいのではないか…。【講演者注:この辺も難題です。】

ですから「愛は負けても、親切は勝つ」の親切というレベルに留めておく方が現状ではいいのではないか、と。

精神保健福祉士を目指しているこの方から「できることはありますか」と提案されるのはめちゃくちゃありがたいですから、この質問をしてくれたこと自体に「ありがとう」と言いたいですね。

とにかく総合的に、親に、隣人に、友人になにができるかと聞かれたら、すべてに関して「問いを共有してください」と。ぜひ。苦しんでいる人がたくさん出てきているんですね。「答え」を性急に求めないでください、と。

「学校へ行きなさい」「働きなさい」「社会へ出なさい」――そういった答えを性急に求めずに、どうか「問い」を共有してください。それをメッセージにしたいと思います。

関口

ありがとうございました。私もそう思います。安易な解決を求めないことがすごく大事だと思います。ともあれ、まだよくわからないことを、不安とかに追い立てられて安易な解決を求めないことが大事です。とくにそれは支援者や専門家と呼ばれる人たちに心してもらいたいと思います。最後に少しなにか…。

もも

ええっと、今ふと心に浮かんだことなんですけれども…。私の場合、今でもしんどいですし、すごく生きづらさを感じるし、ときどき本当にダメなのかな、やめてしまおうと…今でもあります。それでも私は人がすごく好きですし、人を信じていたい気持ちが強い…。全部に絶望したくない。希望を持っていきたいですし、つらいけど生きていきたい。つらいけど死にたくはない。やっぱりなにか信じたいと思っています。

関口

ひきこもりの問題というのは、いつの時代にもあったのではないかと思います。いつの時代でも多数派に圧迫された少数派とか、生きづらさを感じている人たちの問題としてあったのではないかと。今までですと、そういう人たちは長生きできなかったのかもしれません。自殺したり、精神的な病気に追い込まれたり、身体的な病気になったり。

この社会が豊かになることによって、ひきこもりができるようになって、そういう人たちがまずは生き延びられるようになったのでないか、そう私は感じています。このひきこもりの問題というのは、生きづらさを抱えた人たちの「生存権の問題」ではないか、と。

だから苦しんでいる当事者の方たちにお伝えしたいのは、「まず生き延びてください」ということです。次のスッテプとしては「つながって欲しい。仲間を作って」。そして最後に「表現して欲しい」。あなたがひきこもりの中で体験したこと、苦しんだこと、それがすごく大事だと思います。それは私たち多数派の社会にとっても役立つ知恵に満ちたものだと思いますから。それをいつか表現していってもらいたいと思います。

そろそろ予定のお時間ですが、あえてここでまとめを述べることはいたしません。本当にわからないことだらけなんです。私たちはこれから、ひきこもりの問題について学んでいくしかないと思っています。当事者、ご家族と共に悩んで、学んでいくしかないと思います。一緒にやっていく仲間が必要だと思います。

これからのヒッキーネットの活動は、答えやマニュアルを皆さんに提供することではなく、上山さんのおっしゃられたように問いを共有すること、専門家や誰かにすがることではなく、自分たち自身で考え、この問題に取り組み、それを生きていくことです。そのお手伝いをさせていただければと思います。

今日お渡ししたヒッキーネットのチラシがお手元にあると思います。その地元のヒッキーネットのところに顔を出してみてください。私たちもはじめたばかりですが、まずは地域で支え合う仲間として、親の会を作っていってもらいたいと思います。親御さん方は、単なる相談者ではなく、この問題では一番力を持った人たちだと思います。それを自覚されて、まずは出来ることからはじめてみてください。小さなことを積み上げていけば大きな力になっていくと思います。

今日はまだまだ話し足りない、途中でという形になってしまいました。今日はここで終わらなければならないですが、また近いうちにこの続きをやる機会を持ちたいと考えています。

今日はももさん、上山さん、長谷川さん、本当にありがとうございました。 

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